注意 遺跡名の数字は、本来の遺跡名称ではローマ数字ですが、便宜上アラビア数字に変更しています。
遺跡の紹介
1地理的環境
桜ノ岡遺跡(1)は、吉野川左岸中流域に位置する阿波郡阿波町の五明谷川とたちばな谷に挟まれた長さ約650mの段丘面支脈の中程に位置しています。調査区内の現地表面の標高は、82m〜86mを測ります。
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| 阿讃山脈中腹より遺跡所在地方面を望む | 調査前状況(南より) |
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| 調査前状況(西より) | 雨の中、現地説明会を開催し、約80名の方が参加されました。 |
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| アドバルーンによる全景写真撮影を実施しました。 | |
2遺跡の概要
桜ノ岡遺跡(1)では、1986年度に実施された精密分布調査によって弥生土器片や石器が採種され、その密度から遺跡の存在が予測されていました。徳島自動車道の建設に伴い、1989年度から2度にわたって約8,000平方メートルの発掘調査が行われました。
発掘調査では、弥生時代中期と中世(12世紀頃〜16世紀頃)の遺構面(当時の人が生活した地面)が混在して残っていることがわかりました。
弥生時代中期の遺構では、竪穴住居跡や堀立柱建物、集石遺構が検出されました。集石遺構は、竪穴住居跡の中や近い位置にあるものと、土壙墓(墓)と考えられるものに分けることができます。前者は、住居が壊される時の祭祀に関連すると考えられます。後者は儀礼的な行為と埋葬行為が同地点で行われたものもあると考えられます。
また、出土した弥生土器の文様を検討し、遺構での土器の組み合わせの比較によって、弥生時代の桜ノ岡遺跡(1)が時期的に2段階に分類されることが考えられます。
中世では、出土遺物はそれほど多くありませんが、19棟の堀立柱建物をはじめ、溝や土壙墓が検出されました。堀立柱建物は、軸の方向を見ると大きく2方向に分かれているようです。また本来一条の溝と、別の溝が直行に近い方向で検出されたことから、これらによって区画が設けられていたことも考えられます。
遺構面以外の出土品を見てみると、旧石器時代や縄文時代の石器も含まれ、古い時代の人の生活も想像できます。
遺跡のデータ
| 遺跡名 | 桜ノ岡遺跡1 | |
| さくらのおかいせきいち | ||
| 所在地 | 徳島県阿波郡阿波町桜ノ岡91-2他 | |
| とくしまけんあわぐんあわちょうさくらのおか91-2ほか | ||
| 北緯 | 340459 | |
| 東経 | 1341245 | |
| 調査期間 | 1989/12/11-1990/03/22 1990/06/18-1991/03/26 |
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| 調査面積(u) | 2690/5310 | |
| 調査原因 | 四国縦貫自動車道建設に伴う発掘調査 | |
| 遺跡概要 | ||
| 遺跡の種別 | 集落 | |
| 主な時代 | 弥生/中世 | |
| 遺構 | 弥生-竪穴住居跡11+掘立柱建物跡2+集石土坑土壙墓10+土壙土坑39+柱穴小穴29+自然流路1+不明遺構1/中世-掘立柱建物跡19+溝7+土坑土壙墓27+柱穴小穴50-土師器+瓦器+陶磁器 | |
| 遺物 | 弥生-弥生土器+土製円盤+石鏃+石庖丁+石錐+楔形石器+柱状片刃石斧+敲石+石器/中世-土師器+瓦器+陶磁器/旧石器-ナイフ形石器/縄文-石鏃 | |
| 特記事項 | ||
| 報告書 | 書名 | 桜ノ岡遺跡1・桜ノ岡遺跡3 |
| 副書名 | 四国縦貫自動車道建設に伴う埋蔵文化財発掘調査報告3 | |
| シリーズ名 | 徳島県埋蔵文化財センター調査報告書第3集 | |
| 発行 | 徳島県教育委員会 財団法人徳島県埋蔵文化財センター 日本道路公団 |
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