遺跡紹介

上喜来蛭子〜中佐古(かみぎらいえびす〜なかさこ)遺跡

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室町時代の遺物、遺構について

室町時代の堀立柱建物跡
 中世の集落は、段丘下位面の東寄り、第4〜14調査区(1〜4調査区5〜11調査区12〜14調査区)にかけて検出されました。
集落の東端から鋳造工房が確認され、大変注目されます。この鍛冶工房の稼働時期は15世紀後半〜16世紀g頃と考えられますが、集落の存続時期から考えると後発の遺構ということになります。こうした鍛冶工房は火を扱うという作業の性格上、集落の中心に置かれることはなかったようてあり、ここでも集落内の東端である段丘下位面の崖際に設けられていました。この工房は稼働期間が比較的短期間で、出土した鉄滓や炉壁の量、鋳型の種類から考えて、集落内に根差した定置的なものとするよりも、臨時的な作業上として位置づけられます。
 同様の臨時的な工房は、いわゆる「出吹き」あるいは「出職」と称される、鋳物師が特定の需要者の元に赴いて行う出前作業、注文生産的な作業形体と言えます。
 出土遺物の鋳型類を見る限り、鍋、羽釜といった煮沸具と、鰐口、梵鐘といった仏教関係の梵音具が製作されたことが分かり、需要者には仏教関係者が含まれていたことが推察できます。

中世墓
 第6調査区では、16基の中世墓が検出されました。そのほとんどは浅い土壙上に砂岩礫を円形もしくは方形に集石するもので、形態上は集石簿と呼ぶことができるお墓です。これらの中世墓はその諸特徴より火葬墓であったと考えられます遺物が出土したお墓は少なかったのですが、時期的には15世紀から16世紀の造墓年代が考えられます。
 

 調査区横には凝灰岩製、砂岩製の組み合わせ式五輪塔が集積されており、第6調査区を畑として開墾した際に出土したとのことでした。元来は集石上に立塔されていたものと考えられます。これの五輪塔はその材質と形態から室町時代のものと考えられます。
銅銭が埋納された柱穴
 第11調査区で検出されたSP1178は直径約40cmの円形の柱穴で、中央部には柱痕が明瞭にとどめていました。この柱痕をとりまくように覆土中から土師質土師皿11が出土しました。皿は東側では3点が上向きに、西側では4点ずつ重なった状態で8点が出土しました。この2つの皿の重なりのうち、南側にあたる方ではの4点の内、一番上の皿は下向きで、下部の皿とあわせ口の状態でした。
 検出状態では、これらの皿に伴い

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