遺跡紹介

十楽寺(じゅうらくじ)遺跡

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遺跡の紹介

 十楽寺遺跡は、土成町を流れる宮川内谷川と泉谷川に挟まれた引野地区の丘陵地帯の最も南西部分に位置し、西谷川に向かって開口する小支谷の奥まった地点にあります。高速道路建設予定地に隣接する尾根の先端部分が十楽寺古墳群として知られ、周辺の山麓部に須恵器の窯跡の存在が知られていたことから発掘調査が実施されました。

発掘調査の様子
十楽寺遺跡遺構配置図 発掘調査の様子
発掘調査の様子
土層
十楽寺遺跡遺構配置図 土のたい積の様子
灰原検出状況 灰原の検出
灰原の完掘写真 灰原の検出状況
灰原完掘状況 自然流路のたい積の様子
灰原の完掘写真 自然流路のたい積の様子
 今回の調査では土器を焼く窯の存在が予想されましたが、開墾による削平のため、窯本体は床面まで完全に失われ、その構造や位置を正確に明らかにすることはできませんでした。
 調査地の大半は谷を流れていた旧河道にかかっていました。削平を免れた河道よりの斜面では、窯壁片と灰、木炭、焼土などが地山面に固着した状態で認められる部分があり、前庭部または焚口がこの近くにあったのかもしれません。
出土した遺物

河道の縁辺部に残された灰原から多くの土器が出土しました。その大半は須恵器で、若干の土師器や黒色土器などが出土しました。またその周辺からは鉄斧が出土しました。出土遺物はおおむね8世紀から9世紀前半の時期に作られたと考えられ、十楽寺遺跡の年代の一端を示していると考えられます。

 今回の十楽寺遺跡の調査では、窯本体はすでに破壊され、詳しい構造を明らかにすることはできませんでした。しかし、その立地条件から緩斜面を利用した窖窯(あながま)であったことは間違いないと思われます。
 吉野川北岸の土成町・市場町・上板町周辺で須恵器の窯跡の調査が行われたのは、土成町前田遺跡(9c末〜10c初)と市場町香美遺跡(9世紀と11c末〜12c)がありますが、十楽寺遺跡と同様窯本体の構造はよく分かっていません。年代的には十楽寺遺跡より後になりますが、出土した須恵器の器種構成はよく似ています。奈良時代から平安時代中期までの須恵器生産の器種構成は大きな変動は無かったようです。

遺跡のデータ

遺跡名 十楽寺遺跡
じゅうらくじいせき
所在地 徳島県板野郡土成町法教田159-2他
とくしまけんいたのぐんどなりちょうほうきょうでん159-2ほか
北緯 340707
東経 1342245
調査期間 1990/11/24-1990/12/08
調査面積(u) 430
調査原因 四国縦貫自動車道建設に伴う発掘調査
遺跡概要
遺跡の種別 窯跡
主な時代 奈良〜平安
遺構 窯跡+灰原
遺物 須恵器+土師器+鉄斧
特記事項
報告書 書名 北原〜大法寺遺跡・十楽寺遺跡・椎ヶ丸〜芝生遺跡
副書名 四国縦貫自動車道建設に伴う埋蔵文化財発掘調査報告6
シリーズ名 徳島県埋蔵文化財センター調査報告書第6集
発行 徳島県教育委員会
財団法人徳島県埋蔵文化財センター
日本道路公団

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窖窯