縄文時代以降、日吉谷遺跡では弥生時代中期ごろに再び人間の生活の跡を見いだすことができます。この時代の遺構は、調査区の北半分を中心に全域に広がっていました。主な遺構は、竪穴住居跡3、掘立柱建物立跡33、土坑114、溝4などでした。弥生時代の遺構配置図(縄文も含む)
| 竪穴住居跡の様子 | |
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| 竪穴住居跡SB1002の出土状況 長辺約5.3m×短辺約3.2mの南北に長い長方形の竪穴住居跡です。北壁から約80cm幅のベッド状の高まりがありました。主柱は4本で、中央に炉が検出されました。ベッド状の高まりを切り込んで、貯蔵穴と思われる穴が掘られ、中には直口壺のくびの部分から上が横倒しの状態で出土しました。 |
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| 竪穴住居跡SB1005の出土の様子 SB1002と同様に約4.5m×約2.8mの南北に長い竪穴住居跡で、比較的多くの遺物が出土しました。この竪穴住居も4本の主柱(P1〜P4)があり、中央やや北寄りに炉跡、また北壁付近には貯蔵穴と思われる土坑が見つかりました。 |
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| 土坑の様子 | |
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| 土坑SK1069の様子 ほぼ完形の壺形土器が出土しました。 |
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| 土坑Sk1063では完形にならないバラバラの土器が多く出土しました。SK1069とSk1063は用途が異なる穴だったのでしょうか? | |
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| 石が集中して出土した土坑SK1046 | 石が集中して出土した土坑SK1052 |
| 土坑にはSK1046やSK1052の様に、人為的に石が集められたと推定されるものもあります。 | |
長峰台地では、他にも西長峰遺跡、赤坂遺跡3、桜ノ岡遺跡1などで弥生時代を中心とする集落が確認されています。日吉谷遺跡の発掘調査によって、弥生時代の台地上の集落の姿についての貴重なデータを得ることができました。
時代ごとの特徴