遺跡紹介

古城(ふるしろ)遺跡C地点

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C地点の概要

 今回の調査で、平安時代末の遺構面からは、掘立柱建物が3棟検出され、鎌倉時代後半から室町時代にあたる遺構面からは、中世の土壙墓(どこうぼ)が検出されました。このことから、本遺跡は溝によって区画された屋敷地を伴う居住区から墓域へと変化したことが明らかになりました。 

C地点の遺構配置図
C地点の遺構配置図
発掘調査の様子 溝状遺構SD1001、SD1002の検出状況
発掘調査の様子 溝状遺構SD1001、SD1002の検出状況
SD1001、SD1002の土層たい積状況  SD1001は、調査区の中央部を南北に貫く、掘割的な機能を持つ大溝と考えられます。幅は肩の部分で約2.5m、底で約0.7m、深さは約1.3mです。
 SD1002はSD1001と平行して南北に延びますが、規模はやや小さく、幅が肩部で約1.1m、底で約0.5m、深さ約0.6mです。
 平安時代末から室町時代にかけての溝によって区画された屋敷地を伴う居住区域や墓域であることがわかります。
SD1001、SD1002の土層たい積状況
SD1001の土層たい積状況 SD1002の土層たい積状況
SD1001の土層たい積状況 SD1002の土層たい積状況
SB1001、SB1002検出状況 SP1166遺物出土状況
SB1001、SB1002検出状況 SP1166遺物出土状況
SK1057遺物出土状況 SP1173遺物出土状況
SK1057遺物出土状況 SP1173遺物出土状況
土壙墓(どこうぼ)ST1001の掘り下げの様子 ST1001検出状況(ST1002も隣接して検出された。)
ST1001検出状況
(ST1002も隣接して検出された。)
土壙墓(どこうぼ)ST1001の掘り下げの様子
 鎌倉時代前半〜室町時代の遺構面では、土壙墓(どこうぼ)群が検出されました。中世における墓制を検討していく上で貴重な資料となります。
 
土壙墓(どこうぼ)ST1001の掘り下げの様子
土壙墓(どこうぼ)ST1001の掘り下げの様子
土壙墓(どこうぼ)ST1001で検出された人骨 土壙墓(どこうぼ)ST1001で検出された人骨
土壙墓(どこうぼ)ST1001で検出された人骨
ST1001は方形の石組みの土壙墓で、上部は不明ですが大型の河原石を長方形に組み、その上に拳大の小礫で覆っていました。
土壙墓(どこうぼ)ST1003で検出された人骨 土壙墓(どこうぼ)ST1004で検出された人骨
土壙墓(どこうぼ)ST1003で検出された人骨 土壙墓(どこうぼ)ST1004で検出された人骨
 このお墓の被葬者の胸部には鉄製の刀子が副葬されていました。これは刃物の呪力によって悪霊がとりつくのを防ぐまじないとして添えられたと考えられます。

2次調査、第1遺構面検出状況
2次調査、第1遺構面検出状況
SA1001〜SA1003の全景
↑SA2001〜SA2003の全景
↓第2遺構面検出状況
第2遺構面検出状況
 平安時代末から鎌倉時代前半にかけての遺構面では、掘立柱建物が3棟とそれに付随すると思われる柵列が確認されました。SA2001、SA2002は母屋、SA2003はそれらの納屋であると思われます。
 

A地点

B地点

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