遺跡紹介

古城(ふるしろ)遺跡

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遺跡の紹介

 四国東部に位置する徳島県は、山地が大部分を占め、平野の部分は段丘・扇状地を含めて全県面積の二割ほどにしかすぎません。
 中央構造線と呼ばれる大断層に沿う吉野川下流域平野をはさんで北は阿讃山脈(讃岐山地)が連なり、南は四国山地、剣山山地、海部山地がそれぞれ東西に併走しており、またいずれも西に高く、東に低くなる傾向があります。四国最大の河川でる吉野川は阿讃山脈と四国山地の間を東に流れ、紀伊水道に注いでいます。その流域の北岸には扇状地が発達し、南岸には段丘地形がみられます。
 古城遺跡が所在する板野町は、この吉野川下流域に属します。阿讃山脈の南麓に広がる吉野川氾濫源の沖積平野が大部分をしめ、起伏の少ない海抜5.0m〜7.0mの低地からなり、東南部を旧吉野川が斜めに大きく蛇行しています。本遺跡は、旧吉野川、宮川内谷川、黒谷川などのかせんによって形成された氾濫源の低湿地に所在しています。この周辺はこれら大小の河川によって形成された微高地が複雑に入り込んでいます。

上空からみた板野郡板野町古城付近。
この付近一帯には多くの遺跡が知られ、黒谷川郡頭遺跡、黒谷川宮ノ前遺跡、古町遺跡など多くの遺跡が調査されています。

A地点

B地点

C地点

遺跡のデータ

遺跡名 古城遺跡
ふるしろいせき
所在地 徳島県板野郡板野町古城字楠ノ本134-2
とくしまけんいたのぐんいたのちょうふるしろあざくすのもと134-2
北緯 340850
東経 1342730
調査期間 19901211-19910310
19900614-19900626
19900704-19901215
19930204-19930319
調査面積(u) 3320
500
5100
調査原因 四国縦貫自動車道建設に伴う発掘調査
遺跡概要
遺跡の種別 集落/墓
主な時代 平安末期/鎌倉/南北朝〜室町前半
遺構 集落+墓-平安末-溝/鎌倉+南北朝〜室町前半-掘立柱建物+土坑+墓+溝
集落・墓-平安末期-溝
遺物 集落+墓-平安末-緑釉陶器+土師器+黒色土器+瓦器+輸入陶磁器+銭貨+土錘/鎌倉+南北朝〜室町前半-掘立柱建物+土坑+墓+溝
集落・墓-平安末期-緑釉陶器+土師器+黒色土器+瓦器+輸入陶磁器+銭貨+土錘
特記事項 鎌倉時代の土葬墓群を検出
報告書 書名 古城遺跡
副書名 四国縦貫自動車道建設に伴う埋蔵文化財発掘調査報告書8
シリーズ名 徳島県埋蔵文化財センター調査報告書8
発行 徳島県教育委員会
財団法人徳島県埋蔵文化財センター
日本道路公団

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