遺跡紹介

上喜来蛭子〜中佐古(かみぎらいえびす〜なかさこ)遺跡

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遺跡の紹介

 上喜来蛭子〜中佐古遺跡は、阿讃山脈の南麓、市場町の日開谷川右岸に広がる標高60m前後の段丘上および扇状地上に位置します。
遺跡の位置する上喜来、大俣周辺には吉野川により形成された中位段丘面が発達していますが、阿讃山脈から南流する日開谷川をはじめとする諸河川により形成された新期扇状地礫層にそのほとんどが覆われており、段丘そのものは吉野川沿いに南縁がわずかに露出しているのみです。また、遺跡の位置する段丘面は9mの比高差ををもつ崖面により上位面と下位面に隔てられていますが、これは阿讃山脈南麓を東西に走る父尾断層による垂直方向の変異によるものと捉えられており、本来は同一面であったと考えられています。
 当地域は日開谷川沿いに阿讃山脈の境目集落を越えて香川県大川郡へと至る街道筋にあたり、物資の運搬を通じて阿讃交流の要衝となります。

 調査の対象となった範囲は、日開谷川の扇状地上とその右岸に広がる段丘の下位面と上位面の一部です。段丘下位面では旧石器時代から中世にかけての遺物、遺構を確認することができました。扇状地上では日開谷川の度重なる流路変更に伴うと考えられる砂礫層を確認したのみで、近世の段階に至るまで明確な遺構は検出されていません。

調査区と遺構配置図

第1調査区〜第4調査区
第5調査区〜第11調査区
第12調査区〜第14調査区
第15調査区〜第21調査区
第23調査区〜第26調査区
調査前風景(第12〜14調査区) 調査前風景(第23〜26調査区)
調査前風景(第12〜14調査区) 調査前風景(第23〜26調査区)

旧石器時代・縄文時代・弥生時代の遺物、遺構について

中世の集落、遺構について

遺跡のデータ

遺跡名 上喜来蛭子〜中佐古遺跡
かみぎらいえびす〜なかさこいせき
所在地 徳島県阿波郡市場町上喜来字窪二俣
とくしまけんあわぐんいちばちょうかみぎらいあざふたまた
北緯 340613
東経 1341615
調査期間 1990/06/04-1991/03/11
1991/10/07-1991/11/25
調査面積(u) 11720
840
調査原因 四国縦貫自動車道建設に伴う発掘調査
遺跡概要
遺跡の種別 集落
主な時代 縄文晩期/弥生中期/南北朝〜室町後半
遺構 縄文晩期-土坑1/弥生中期-竪穴住居跡1/南北朝〜室町後半-掘立柱建物跡11+土坑207+墓16+炭窯2+溝3+その他地鎮ピットなど
遺物 縄文晩期-縄文土器/弥生中期-弥生土器+石器(石鏃+石庖丁+石槍)/南北朝〜室町後半-土師器+須恵器+備前焼+輸入陶磁器+銭貨+砥石+石臼+鋳造具(鍔口鋳型+梵鐘鋳型+鍋鋳型+羽釜鋳型+溶解炉壁+羽口+坩堝+支脚+鉄滓+銅滓など)
特記事項 室町時代の集落の東端に15C後半〜16Cの鋳造工房を検出
報告書 書名 上喜来蛭子〜中佐古遺跡
副書名 四国縦貫自動車道建設に伴う埋蔵文化財発掘調査報告7
シリーズ名 徳島県埋蔵文化財センター調査報告書7
発行 徳島県教育委員会
財団法人徳島県埋蔵文化財センター
日本道路公団

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