| 報道発表資料 |
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観音寺遺跡の調査成果について
2005.3.16 |
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徳 島 県 教 育 委 員 会
(財)徳島県埋蔵文化財センター |
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| 平成16年度より実施している観音寺遺跡の調査成果がまとまったので、以下の要領で成果説明会を実施する。
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1.調査の概要
- 遺 跡 名 観音寺遺跡
- 所 在 地 徳島市国府町観音寺
- 調査面積 2589u
- 調査期間 平成16年4月1日〜平成17年3月31日
- 事 業 名 道路改築事業(徳島環状線国府工区)
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2.遺跡の概要
- 観音寺遺跡は、平成9、10年度の南環状道路部分の調査で、7世紀以降の自然流路跡から大量の木簡が出土し、阿波国府成立前後のものとして注目を浴びた。
- 今回の調査は平成12年度に開始された徳島環状線(国府工区)の建設に伴うもので、国道192号線の北に隣接した部分である。平成12年度調査でも、8世紀後半の流路堆積層から阿波国府に関連する木簡が出土している。
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3.調査成果 「阿波国府の存続時期は7世紀後半から10世紀」
- 今回の調査で約3万点の遺物が出土した。そのうち木簡が30点含まれている。
- 内訳は8世紀後半に属するもの21点、9世紀後半6点、10世紀3点である。
- 8世紀後半の木簡としては、「天平寶字八(764)年二月十日」の年号。「阿波郡」「殖栗(えぐり)郷」などの地名のある付札などが含まれる。「貝」を刻書した木製容器や須恵器の蓋に「名方二」を墨書したものも出土。
- 9世紀後半〜10世紀では「名東郡」の名前が見える木簡や「白米處」と書いた巻物の軸がある。
- その他、人形・舟形・斎串などの木製祭祀具が多数出土。
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4.まとめ
- 観音寺遺跡関連出土の木簡総数は142点になった。(西環状57、南環状85点)。国府からの出土例としては、栃木県下野国府跡に次ぐものである。
- 紀年名をもつ木簡が4点目となった。都城以外で8世紀前後の約100年間に、これほどまとまって出土した例は希少。
- 「阿波郡」「名東郡」「殖栗郷」の木簡は、今回初めての出土例である。「名東郡」は寛平八(896)年に「名方郡」を分割してできた郡であり、この時期以降にも国府が存続していたことを示すものと考えられる。
- 平成12年度調査では、「天平勝宝二(750)年」の公式文書の木簡が出土しているが、今回の調査でも同様のもが数点含まれていたことで、地方の行政実態を示す貴重な資料となる。
- これまでの調査成果によって、阿波国府は7世紀中頃から10世紀までの間、観音寺遺跡周辺に所在したことが確認された。250年にわたる期間の木簡が出土した希有な事例となった。
- 木簡の釈読・解説は、京都教育大学の和田萃教授による。
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5.調査成果説明会の開催予定
- 日時 平成17年3月19日(土) 10:00〜(1回目)
13:00〜(2回目)
- 場所 県立埋蔵文化財総合センター研修室
- 問い合わせ先 財団法人 徳島県埋蔵文化財センター
- 088-672-4545
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